奈良地方裁判所 昭和29年(行モ)1号 決定 1954年2月18日
申立人 田中楢次郎
被申立人 葛城税務署
主文
被申立人が申立人に対してなした昭和二十八年六月二十九日附別紙目録記載の電話加入権差押にもとずく公売処分は申立人被申立人間の当裁判所昭和二十九年(行)第二号相続税無効確認等請求事件の判決をなすに至るまで、これを停止すべきことを命ずる。
(裁判官 菰淵鋭夫 谷野英俊 岸本五兵衛)
(目録省略)
公売停止申請
大和高田市東町四丁目一二〇七番地
申請人(原告) 田中楢次郎
同所
申請参加人 日生ゴム株式会社
右代表取締役 田中楢次郎
同市新町
被申請人 葛城税務署長
由良貞吉
公売執行停止決定申請事件
申請の趣旨
被申請人が申請人に対し為した昭和二十八年六月二十九日附電話加入権差押に基く左記電話加入権公売処分の執行は一時之を停止する。
電話加入権の表示
大和高田局二七二番
申請の理由
第一、申請人は原告として本日被申請人を被告とし相続税賦課処分無効確認差押並びに公売取消等の行政訴訟を提起した。
(昭和二十九年(行)第二号事件)
右事件訴状に詳記する通り、被告葛城税務署が原告田中楢次郎に対し為した相続税金、十四万二千六百四十円の賦課は、全然無効の行政処分であり之に付いて為された昭和二十八年六月二十九日附本件電話加入権の差押並びに此の実行方法として為されんとする公売は何れも取消されるべき事由の存在顕著なものである。
第二、申請人(原告)は本年一月二十日被告申請人葛城税務署長依り甲第一号証の差押物件公売通知の送達を受け其の不法に驚き即刻由良署長に面会し、公売の停止方を申入れたが、公式に停止することが出来ぬが、公売期日である二月四日に於ける公売は一時見合す追つて公売期日を通知する旨言渡された。
第三、然し乍ら不安の念に堪えず本日前記の通り本案訴訟を提起したが右電話加入権の公売処分停止の緊急必要があるので茲に行政事件訴訟特例法第十条に依り此の申請を為す次第である。
第四、公売停止の緊急必要
其の一、甲第一号証差押物件引揚公売通知書に明示する通り被申請人(被告)は本件電話加入権の公売の執行として単に加入権を競売するに止らず当該電話器具を前示設置場所へ引揚げ因て即刻電話通信を廃絶せんとするものである。
右公売方法は加入権の強制譲渡に加ふるに通信施設の強制奪取の実施である。
(差押の実行としては此の奪取は違法の疑多大なり)
其の二、申請人(原告)自身は本件電話加入権者であるも其の電話器具は其の住宅地域に在る参加人日生ゴム株式会社の事務室に之を備付け田中個人は稀に之を使用するに過ぎずして田中が代表取締役となり経営して居る同会社が其の業務用の必要施設として甲第二号証の通り長年の間無償で使用して居るものである而して同会社自らは他の電話を有しないから本件電話は同会社の唯一必要の通信施設である即ち同会社は田中個人との間の契約に依り無償使用権を有するが故に公売については重大な法律上の利害関係を有するものである。
其の三、以上の次第であるから本件電話加入権の公売が裁判上不法として取消さるること必然と信ずるも今日の裁判の実情よりすれば判決の確定するのは相当遠い将来のことである、即ち
(イ) 此の公売が停止されずして執行されるならば、此の加入権の回復即権利行使状態の原状回復は法律上事実上不能である何となれば公売が実施されるならば競落人は善意取得者であるから後日公売処分の取消あつても同一電話加入権をとり戻すこと即原状回復は法律上不能である。
又他の電話加入権を取得するも可なりとも考へられるも加入権者田中楢次郎及び使用権者右会社は長年本件電話を使用し対外的には此の電話番号は田中又は会社の代名詞であり又其の商号と同様の社会上経済上の効用を有するのである(高田の二七二番ときけば相手は直ちに田中又は会社から電話がかかつたと分り発信人の氏名を問返し確かむるの労を省く)故に田中及会社にとりては経済上社会上に於ては電話加入権を失ふことの損害は他の番号の電話加入権の取得に依りて回復し得ないのである然らば此の公売の執行に依り生ずる損害は後日原状回復の出来ない法律上の性質のものである。
(ロ) 次に此の公売により生ずる損害は金銭を以て償ふことが出来ないものである。
(1) 公売は行政処分である当該税務署の事務処理に不法行為のない限りよしや公売処分が取消されたとしても此の取消を理由として加入権者使用権者が蒙つた電話使用権喪失に基因する損害は金銭賠償を享くる法律上の手続がない即ち此の如き金銭に依り償ふことが出来ない損害を惹起すことを避けるためには一刻も速に其の公売を停止すべきである。
(ハ) 緊急の必要
前記の通り被申請人は長らく差押の強行に躊躇して居つた即ち去る二十五年三月に前記相続税賦課の令書を発行し申請人は令書を被申請人に突返して以来正に四年に垂んとし今頃に至り急遽公売を行ふのは恐らくは時効中断の目的に出づるものであらん然し去る二月四日の公売を一旦中止したが近く何時公売を実行するや使用者には分らぬ状態である故に如上償ふことの出来ない損害の発生を防止するためには公売の執行を停止する緊急必要の現存すること誠に顕著である。
第五、申請人は大和高田市に於て長年居住し、現金其の他動産不動産数百万を有し他方前記会社(同族会社)を経営するものである即ち僅か十四万余円の納税について差押は金銭又は動産に対して行へば被処分者の苦痛も少なく且又十分に且速に其の目的を達し得るのに拘らず僅か時価五、六万円位より公売し得ない本件電話加入権を差押へると云ふ高田税務署の滞納処分の行き方は其の真意那辺にありや甚だ疑はしきものである。
申請人及参加人の業務上の必須施設である本件電話加入権に付いて償ふことの出来ない損害を生ずる恐れある右公売は叙上の事情を斟酌し之を速かに停止あらんことを庶幾する次第です。
(従来行政事件訴訟特例法第十条に所謂処分の執行に因り『償ふことのできない損害』の意義については裁判上区々の見解が行はれて居たが原告代理人が得た最高裁判所大法廷二五年(ク)第十二号特別抗告事件の新判例に依り右損害は原状回復不能の損害と金銭賠償不能の損害との何れをも指すものであることを明にせられた)
証拠方法<省略>
申請補充書
申請人 田中楢次郎
参加人 日生ゴム株式会社
相手方 葛城税務署長
右当事者間公売執行停止決定申告事件ニ付キ申請人等ハ左ノ事実ヲ補述ス。
一、本件電話高田二七二番ノ加入開始竝ヒニ使用状態
(イ) 此ノ電話ハ大正十年頃ニ加入シ当時ハ申請人ノ個人営業ナルゴム製品の製造販売業務用ニ主トシテ使用シテ居タカ昭和二十二年ニ参加会社ヲ設立シ営業ヲ同会社ニ引継カセ右電話ヲ以後同会社ニ無償使用スルコトトシ電話機ヲ同会社ノ事務室ニ据付ケタ
(ロ) 以来同会社ハ順次業務ヲ拡張シ電話ノ使用モ頻々トナリ申請人個人トシテハ日常生活ニ必要ナトキ之ヲ使用スルモ大部分ハ会社ノ営業用ニ供シテ居ル
(ハ) 此ノ会社ハ大阪、名古屋、東京等ニ取引先ヲ有シ取引ノ性質上専ラ該電話ニヨツテ商談ヲ行ヒ来ツタサレハ電話ナクナレハ忽チ日常ノ業務ニ差支ヲ生シ営業上ヨリ大ナル損害ヲ被ル恐レ顕著テアル
(ニ) 右ノ次第テ田中個人及会社共ニ永年此電話ヲ使用シ来リ会社ノ取引先ニ対スル一切ノ文書等ニ此ノ電話番号ヲ記入シテ交付シ居リ尚手許ニアル営業ニ関スル一切ノ文書ニ此番号ヲ記入シ又田中個人ノ名剌文書ニハ此番号ヲ使用シ居ル
右ノ次第テ此ノ電話カ公売サレテ他人ノ所有ニ帰シタリトセハ此ノ電話ノ従来ノ使用ニ依ル取引上及交通上の利益ハ忽チ喪失シ之ニ依リ受クル損害ハ到底金銭ヲ以テ見積ルコトハ出来ナイノミナラス此ノ損害ハ何人ヨリ賠償を受付ルカノ法律上ノ見込ミモ立タナイ
右様ノ次第テ此電話公売ニ被ル損害ハ到底金銭ヲ以テ償フコト能ハサルノミナラスヨシヤ此公売処分ノ後日裁判上取消サレタトスルモ、此ノ電話ハ永久ニ申請人及会社ニ取戻シ即チ原状ニ回復スルコトハ事実上竝ヒニ法律上不能ニ属スル
右ノ次第ナレハ此ノ電話加入権ノ保全竝ヒニ此ノ電話ヲ使用ニヨリ従来有シテ居ル経済上ノ利益竝ヒニ此ノ電話ノ喪失ニヨリ被ラントスル損害ノ防止ノタメニ保全処分トシテ是非共急速ニ前記電話ニ対スル相手方ノ公売処分ヲ一刻モ早ク停止スル御裁判ヲ求メル
二、従来ニ於ケル右会社ノ営業状態
会社ハ創立後漸次業務ヲ拡張シ終戦以前ニテハ一ケ月ゴム製品ノ生産額二百万円テ終戦後昭和二十五年即チ本件相続税賦課当時ノ課税ハ最高四、五百万円最底ハ約二百万円ニテ其ノ後現在ニ至ル間ニ於テハ月ニヨリ其ノ生産額ハ異ニスルモ最高三百万円最底二百万円ヲ下ラス、此等取引ハ総テ此ノ電話ヲ使用シテナサレルモノテ精算荷造リ等ハ総ヘテ文書ニヨツテナサレ居リ即チ会社ニ於テハ此ノ電話ハ営業ノ必需品テアリ且取引ノ生命テアツテ此電話ヲ引揚ルコトハ忽チ会社ノ営業ヲ生殺シニスルト同様テアル此営業ノ中絶断絶ニヨル損害ハ到底金銭テ賠償サレナイカカル状態ハ到底将来再ヒ回復スルコト出来ナイモノテアル
尚会社ハ月職工竝ヒニ店員約三十名内外ヲ使用シ各四、五名ノ家族ヲ有シ会社ノ営業ノ中絶ハ引イテ経営ノ局ニ当ル申請人個人ノミナラス右多人数ノ生活ニモ脅威ヲ及ホスモノテ此ノ公売ノ実現アレハ此等関係者ニ精神上甚大ナル苦痛ヲ与ヘル恐レアルコト顕著テアル、此精神上ニ及ホス損害ハ之亦原状ニ回復出来ナイノミナラス又到底金銭ヲ以テ償フコト出来ナイモノテアル。
疏明方法
左記目録ノ通リ
昭和二十九年二月十七日
右申請代理人
久保田美英<印>
松山精一 <印>
奈良地方裁判所 御中
疏明目録<省略>
申請再補充書
申請人 田中楢次郎
参加人 日生ゴム株式会社
相手方 葛城税務署長
右当事者間電話公売停止決定申請事件ニ付申請人ハ更ニ左ノ通リ補述スル
一、申請人ト参加会社トハ前補充書ニモ記載ノ通リ同一体ノ関係ニアツテ申請人田中ハ参加会社ノ社長トシテ所謂ワンマン的存在テ多年専ラ該会社ノ経営ニ当リ申請人ナクシテハ右会社ノ運営一日モ之ヲ行フコトカ出来ナイ関係ニアツテ而モ申請人田中トシテモ日常生活上及交渉上此電話ハ必需ノ物件テアリ田中個人ノ名剌文書印刷物等ニ添ヘテ電話番号ヲ印刷シテ関係者ニ発送交付シツツアル現状ニ有リ田中個人トシテモ此電話公売セラレ此カ忽チニシテ日常生活上右会社ノ困却迷惑ト同様ニ差支困難ヲ来タシサリトテ今直ニ田中ニ於テ新タナル電話購入ノ道モ之ナク又附近ニ借受ケノ電話モナク田中ノ代名詞ノ如クニ永年家族ト共ニ使用シ来リタル電話番号ノコトテアルカラ此電話公売ニヨリ田中個人トシテモ到底金銭ヲ以テ賠償シ得サル多大ノ損害ヲ被ル事情及現状ヲ御明察ノ上速カニ公売停止ノ御裁判アランコトヲ切望シテ止ミマセン。
疏明方法
左記ノ通リ
昭和二十九年二月十七日
申請代理人 久保田美英
〃 松山精一
奈良地方裁判所 御中
上申書
申請人田中楢次郎参加人日生ゴム株式会社高田第二七二番電話公売執行停止申請事件に付左の通り上申します。
日生ゴム株式会社は元田中楢次郎個人経営の日生ゴム製造所を株式会社組織に昭和二十二年七月致し即ち田中個人の所有に係る右日生ゴム製造所の全財産を会社に承継したものである。
此の会社は資本金一八万五千円で株数は三千七百株である。其の内田中楢次郎に約二千六百株其の他は田中一族に於て之を所有す即ち右会社は所謂同族会社であつて田中個人は其の代表取締役で業務上独裁的地位にあり同人が会社業務に関与せない場合に於ては業務は一切停頓するの外なき現状であります。
右事情上申候也
昭和二十九年二月十七日
右申請人 日生ゴム株式会社 [印]
代表取締役 田中楢次郎